例年、12月は忘年会を開催している。コロナが収まってきたのでぜひ開催したい。それに、久しぶりに歴史民俗部会も開催しなきゃ・・・。というわけで、年も押し迫った12月29日(金)、古代史学者 A. Watanebeさんの帰省に合わせ、部会&忘年会として開催することにした。
歴史民俗部会は、栄のバウムハウスセミナールームをお借りして15:00より17:30頃まで開催した。テーマは「ヤマトタケル伝承の重層性」。出席者は15名。年末年始の休暇中なので大勢出席してくれた。以下、Watanabeさんの話を思い出しつつ、自分なりの意見も加味して内容を書いてみる。
ヤマトタケルにまつわる伝承は日本各地に山ほどあって、愛知県や三重県にもゆかりのある神社や古墳などがたくさんある。亀山市の能褒野(のぼの)神社には陵墓とされる古墳がある。また、小説、漫画、アニメ、スーパー歌舞伎などいろんなジャンルでヤマトタケルを主人公とした作品が作られている。しかし、古代史の世界で、ヤマトタケルに言及している文献は「古事記」と「日本書紀」にほぼ限られるようだ。Wikipediaでは、「第12代景行天皇の皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄である。」と簡潔に紹介されている。ところが、「古事記」と「日本書紀」では、ヤマトタケルの描き方が異なり、”「日本書紀」では天皇の代理、分身に過ぎないが「古事記」では「独立的英雄」として描かれている”というのだ。
歴史上の英雄というと、日本では、源頼朝、源義経、足利尊氏、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、西郷隆盛、乃木希典・・・。これらはみな武勇に優れた武人・軍人のイメージだ。私としては聖徳太子や空海(弘法大師)など文化人も入れたいところだが、英雄という言葉にはちょっとそぐわないような気がする。世界史的に見ると、民族を独立に導いた英雄や、軍事政権を倒して民主化を実現した立役者、革命家などが思い浮かぶ。ナポレオン、ワシントン、レーニン、ガリバルディ(イタリア独立の英雄)、ケマル・アタテュルク(トルコ革命の指導者)、ガンジー、孫文、毛沢東、シモン・ボリーバル、チェ・ゲバラ、フィデル・カストロ、李登輝 (台湾民主化の指導者)、アウンサン (ビルマ建国の父) 、ホーチミン、ゴルバチョフ・・・。一方、神話・伝説上の英雄となると、ヤマトタケルのほか、役行者、坂上田村麻呂、源頼光と四天王 (渡辺綱、坂田金時ほか)、明の鄭成功 (国性爺)、古代ギリシャのオデュッセウスなどを思い出す。
歴史上の英雄も、時を経るに従って、いつしか伝説上の英雄になっていく場合がある。特に悲劇性の強い人物ではそうした傾向が強いように思う。源義経 (牛若丸)と弁慶、乃木希典 (日露戦争の英雄)など。「英雄」として扱われるようになるには、武勇に加えて悲劇性は大きな要素であり、さらに遍歴や美女との悲恋が加われば最強である。
では、ヤマトタケルとはどういう人物だったのか (そもそも実在したかどうか ?)。当時のヤマト政権にとってどのような役割を果たしたのか。そして、武勇、悲劇性、遍歴、女性関係がどのように伝承されてきたかを見ていくと面白そうだ。簡潔に箇条書きすると以下の通り。
- 武勇・・・熊襲討伐 (西征)、東国征討 (東征)
- 悲劇性・・・父・景行天皇に恐れられ、疎んじられ、熊襲討伐へ。西征、東征に大活躍し、ヤマト政権の基盤づくりに大いに貢献した後、即位することなく死す。
- 遍歴・・・西へ東へ幾千里
- 女性関係・・・ミヤズヒメ、オトタチバナヒメとの恋愛
こうして見てくると、「古事記」が描くヤマトタケルは、英雄的要素を見事に満たしている。だから文芸や映画・アニメなど創作活動においてイマジネーションの源泉になっているのだと思う。
そんなこんなで、セミナールームの予約時間2.5時間があっという間に過ぎてしまった。
続いての忘年会は、「今昔物語 栄店」にて。14名参加。久しぶりに賑やかな宴会となった。
2024.2.21 M. Hayashi