葉見ず花見ず
皆さん、彼岸花(ヒガンバナ)の葉っぱを見たことありますか?
9月のお彼岸の時期になると田んぼの畦、農家の庭先、神社やお寺の境内、線路際、川の土手などに一斉に咲く赤い花、ヒガンバナ。この花は、花の季節には葉はなく、葉の季節には花はないので、別名「葉見ず花見ず」とも呼ぶそうです。
上の写真はちょうどお彼岸の頃のものです。下は同じ場所の1週間後の写真です。
1週間もすると花は枯れ落ち、茎だけがかろうじて突っ立っていますが、まったく目立ちません。では、葉っぱはいつ出て来るかというと、これが晩秋なんですね。ニラの葉みたいな青々とした背の低い細長い葉を拡げますが、ほとんど目立たないし、まさかこれがヒガンバナの葉っぱだとは誰も気づきません。かくいう私も昨年、初めて教えてもらって気づいたという次第。そして、この葉も春になると枯れてしまうので、9月の花の時期まで地上には何も生えていない状態になります。
ところで、このヒガンバナ、花は咲けど実をつけません。だから、種子で増える植物ではないのです。かといって、地下茎が伸びるわけでもありません。地下には球根がありますが、球根は遠くに飛んで行くことはできません。
では、どうして彼岸花は全国各地に分布しているのでしょうか?
答:人が植えた。
調べてみると、ヒガンバナは中国から入って来た植物のようですが、中国のヒガンバナはコヒガンバナといって、ちゃんと種子をつけるのだそうです。この突然変異したものが日本のヒガンバナである、という説があるようです。
ここで、文献やネット情報からヒガンバナの特徴を列挙してみます。ただし、虚実いろいろだと思います。
・ヒガンバナ科 ヒガンバナ亜科
・花の時期には葉はない、葉の時期には花はない
・不吉な花のイメージ(彼岸に咲く、見た目ちょっと不気味?)
・別名「曼珠沙華」「幽霊花」「捨て子花」・・・
・晩秋、ニラに似た葉をロゼット状に拡げる
・毒がある(花、茎、球根、葉にも?)
・薬効がある(根が生薬になる)
・球根のでんぷんを水に晒すと食べられる(救荒植物)
・稲作の伝来とともに中国からやって来た?
・ヒガンバナは中国のコヒガンバナの突然変異体
・遺伝的には三倍体であり、種子をつけない
・日本中のヒガンバナは、同一の遺伝子を持つ?
・田んぼの畔や土手に植えると、土を丈夫にし、もぐらなどの侵入を防ぐ?
・お墓に植えると、毒があるので土葬された遺体や遺体に取り付くミミズ目当ての動物除けになる?
・育てやすいが園芸店には売っていないので、ご近所で球根を分けてもらって庭に植えると良い
ヒガンバナのルーツ
では、ヒガンバナはいつ、どのように日本にやってきたのでしょうか。
縄文時代などかなり古い時代に大陸からやってきたというあたりは有力みたいですが、上記のように有用なので人が稲作とともに意図的にもたらしたという説と、たまたま球根が何かに混ざって意図せずやってきたという説の二つがあるようです。
私は前者、人が意図的にもたらしたのではないかと思っています。
地下性のでんぷん植物を食用にする文化は、中国の雲南地方から日本にかけての「照葉樹林帯」に広がっていたようです。例えば、クズ、ワラビ、カタクリといった植物です。(ここで再びクズの登場です。)
大昔、人が住む里に植えられたこれらの植物は、悠久の時を経て、人に利用され続けてきたのではないか。根っこのでんぷんを水に晒して粉にしたもので餅(葛餅、わらび餅・・・)を作り、新年や収穫を祝う祭の時に神に供えたのではないか。ヒガンバナもこれらの植物と同じく、毒はあるけど手間をかければでんぷんを採ることができる有用な植物として認識され、美しい花を咲かせることもあって各地に伝播し、人々に植えられていったのではないか。・・・というのが私の説です。それにしても、種子を付けない突然変異体がなぜ伝播したのでしょうか。
さて、「葛」と「彼岸花」の共通点が少し見えて来たのではないでしょうか。照葉樹林帯の植物で、根っこのでんぷんを食用にできる有用な植物。それに、分布している場所が共通しているのです。
実は先日、ちょうどお彼岸の頃、長い時間電車に乗る機会があって、車窓の風景をぼんやり見ていたら、線路際や土手にクズやススキ、セイタカアワダチソウが繁茂している中に、ヒガンバナがしっかりと赤い花をつけていました。きっと毎年、同じ場所に花をつけるんだろうなと思って少し注意深く見てみると、ヒガンバナが咲いているところにはクズが生えていないのです。図鑑を見ると、クズは乾いた土地、ヒガンバナは少し湿った土地を好むようですが、見たところ環境はそんなに差がないようです。だとすると、ヒガンバナは毒があるので他の植物を寄せ付けないのではないか。だから、これだけクズが勢力を伸ばしても、ヒガンバナを駆逐することはできないのではないか、ということを思ったのです。
つまり、ヒガンバナを田畑の畦や人家の庭、寺社の境内に植えておけば、雑草や害虫やモグラを防ぐ、さらにもっと広い意味で邪悪なものの侵入を防ぐことができるという考えが芽生えても不思議ではありません。そして、あのよく目立つちょっと不気味な赤い花。毎年、律儀に秋分の日あたりに咲くところ。やはり古代の人々の信仰と絡めて考えるべきなのではないかと思います。
そして、もしかすると、種子をつけない突然変異体が広まったのも、当時の人々が意図したことなのかもしれません。古代人の植物に対する知識はおそろしく深く、まったく現代人の比ではないといいます。だとすれば、有用な一方で毒のある不吉な植物が勝手に広まってもらっては困るので、日本に渡来してきた人々は、他の有用な植物とともに、種子をつけないタイプのヒガンバナを意図的に選別して植えたのではないか・・・。これってもしかして新説でしょうかね?
以上で「葛と彼岸花」のお話はおしまい。
マニアックな話題におつきあいいただきありがとうございました。
M. Hayashi 2018.10.05
※ 参考:Wikipedia、『雑草手帳』(稲垣栄洋著、東京書籍)、『雲南の植物と民俗』(前川文夫他著、工作舍)ほか
追記
ヒガンバナは、花が落ちたあと晩秋に葉っぱが出ると書きました。確かに資料にはそう書いてあるのですが、今日(お彼岸から2週間後なのでまだ晩秋とは言えない)、花が落ちて茎だけが残っている下の地面に青々とした葉っぱが出ているのを見つけました。でも、茎の色が薄い緑色なのに対し葉は濃い緑色で、茎から葉が出ているわけでもないため、両者が同じ植物のものだとは、まず気づかないと思います。(2018.10.07)
追記 2
10月中旬、あいち健康の森薬草園でヒガンバナを見つけました。やはり薬草なんですね。花はなく、茎が数本倒れていて、その周囲に青々とした葉っぱが茂っていました。(2018.10.18)